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「誰?」
フリーズ状態から立ち直った私の脳が一番はじめに出した疑問だった。
助手席に座っていたのは誰?
考えてみればそれが一番重要だ。
横浜にしゅうが居ること自体、なんの不思議も無い。
なにしろ、自分のお店があるのだから、経営者としてお店に立ち寄る事があるのは当然だ。
横浜には、私の知らない知り合いだってたくさんいるに違いない。
仕事の関係で車に女性を乗せる事だってあるだろう。
そうよ、、、例えば、フラワーアレンジャーの涼子のように・・・
いいえ、、、もしかしたら、お店のスタッフかも知れないじゃない・・・
それが、虚しい「言い訳」であることは鈍感な私にも想像が付いた。
「今日、時間が出来たから昼にランチでも、、、」
そうしゅうは私の予定を聞いたときに、そう言ったのだ。
私達がランチをするときは、しゅうの事務所の近くか、銀座と相場は決まっている。
私とのランチの計画がお流れになったから、横浜のお店にやってきたとうい可能性はある。
が、、、その「言い訳」も私の気持ちを納得させる事は出来なかった。
なぜ? 
どうして、、、納得できないのだろう?
明確な答えは出ないが、
「女の勘」
そう言うくくり方はあまり好きじゃないが、そうとしか説明が出来なかった。
今朝から感じていた一連の「違和感」
ここ数日のやりとりから想像するに、
しゅうは、昼間のこの時間に万が一にも私と会う事を避けようとしていた。
何を根拠に!?と聞かれると答えに困るが、私にはそう感じられた。
しかし、しゅうの思惑通りに祥子は行動してくれなかった。
銀座行きが急遽、横浜行きに変更になった。 そして、、、私も予期せぬしゅうとの遭遇。 
しかも、しゅうの車の助手席には、私の知らない、おそらくは若い女性が乗っていた。
一瞬のうちに私の前を通り過ぎた車。
私には見慣れた形と色。そして、忘れようのないナンバー。
運転席に座っていたのは間違いなくしゅうで、着ていたジャケットも
今朝玄関で着ていたい物と同じだった。
春の日差しで、サイドウインドウが光って良くは見えなかったが、
助手席のセミロングの髪の女性と、柔らかな笑顔は私の視界に入っていた。 
誰?
いったい、、、誰?
少なくとも、、、私よりも若い。きっと綺麗な女(ひと)
誰?
「お待たせ」
祥子の明るい声で私は現実の世界に戻ってきた。
「あ、、、 平気、待ってないよ」
私はすっかり冷めてしまったカフェラテを一口飲んだ。
「そう? だって、30分以上待たせから気になってさぁ
「気にならなかったわよ。。。 それより、お仕事のほうはもう良いの?」
上手く笑顔が作れない。どうしても目が笑えない。
だから、まっすぐに祥子を見ることが出来なかった。
「ウン、納品するだけだからね。 すぐに帰るつもりだったんだけど、
    次のオーダーも貰ったから、ちょっと時間食っちゃったんだ・・・・けど・・・・」
そう言うと、怪訝そうな顔で私をのぞき込んだ。
「ラン、、、顔色悪いよ、大丈夫?」
粗雑なようでいて実は細やかな神経の持ち主。
大胆なデザインでありながら、細部まで丁寧な仕上がりにこだわっている、、、
彼女の作品をみるといつもそう思う。 そんな彼女の観察眼は確かだった。
「え? 私? 大丈夫よ」
大丈夫・・・ そう言いながら、私は小さくため息をついてしまった。
「そうかな、車の中からおかしかったぞ。 私の話にもうわの空だったし、なんかあったの?」
動揺していないワケは無かった。
強い胸焼けのような、不快感は祥子と話をしていても消えることは無かったし、
脈拍はさらに早くなり、その鼓動は不愉快な耳鳴りとなって私の脳ミソを叩いていた。
「ごめんね、、、そんなつもりは無かったけど、、、
            ちょっとお腹がすいちゃったかな」
バカな言い訳をした!
少し頭痛がするの、、、そう言おうと思ったのだが、つまらない心配をかけたくなかった私は
思わず、自分には不似合いな言い訳をしてしまった。
テーブル狭しと並べられたお皿には美味しそうな料理が盛られていた。
頑張って箸をつけるのだが、食べ物が喉を通っていかない。
一口食べては、休み、一口食べては、お茶を飲み、、、
そんな私の行動を祥子は黙って見ながら黙々と料理を平らげていく。
「あのさ、、、この歳になってさ、『困ったことがあるのなら私に何でも相談して~!』なんて
   女学生みたいな事は言わないけどね。 今日のアンタを見ていたら誰だって 
                                『おかしい、、』って思うよ」
「おかしい・・・? そんなに?」
「あぁ、、おかしいよ。 特に、スタバに居たときのアンタの顔は普通じゃなかった」
「・・・・・・・・・・・・・」
「心配しないで、、、何でもないから、と言われたって、あらそうなの。とは言えないわね」
ニンニクの効いた「青菜の炒め物」を食べ終わった彼女は
その店の名物料理、「豚のやわらか煮」に取りかかっていた。土鍋の中の豚肉は
飴色に輝いていて、鍋から立ちのぼる湯気が食欲をそそる香りを運んでいたが、、、
その日の私には、その香ばしい匂いにさえも胸が焼けるような思いだった。
「食べなさいよ。わざわざこれを食べに来たんだから」
そう言うと、小さな豚肉の塊をお皿に取って、その上からタップリと餡をかけた。
「元気でるわよ」
私の前にお皿を置く。
自分のお皿には私の倍はある大きな肉片。
フーフーと息を吹きかけて熱々の肉を冷まし、それでもまだ熱いのか、
「ハフハフ、、、」と唇をならしながら肉片を頬張る。
その旺盛な食欲に、驚きと少しばかりの「怒り」を覚える。
「ごめんね、、、心配かけちゃったね」
私は自分の前に置かれた取り皿の上の肉片を見ながらポツリと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
祥子はしばらく箸を止めて、、、探るような視線を私に向けていたが、
「ま、、いいわ。 これ以上聞いたって仕方ないわね。
   アンタが、ベラベラと悩みを喋るような人じゃない事は私も良くしっているし。」
そう言うと、タップリと脂ののった豚肉を今度はチャーハンの上に乗せて豪快に食べ始めた。
あなた、それじゃ太るはずよ、、、
その食べっぷりが羨ましくさえ思える。
「何があったか知らないけど、いよいよ困ったら相談に乗るわよ。
  ただし! 年下の彼氏と別れた、、、なんてバカバカしい悩みは駄目だよ」
祥子は笑いながらそう言うと、箸を置いてしまった私を尻目に
たくさん残っている料理を平らげにかかった。
 
 
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祥子はちょっと「粗雑」なイメージを受ける
言葉使いも、人によっては「馴れ馴れしい…」と感じる事もあるだろうし、
言い方もストレートで、この人、、、私に敵意を持っているの?とさえ思うことがある。
しかし、実際の彼女はとても「センシティブ」な人間だ。
でなければ、「ジュエリー・デザイナー」なんてやっていられないはずだ。
観察眼も優れていて、相手の口調や視線を見て話し方を変えたりしている。
とっつきは悪いかもしれないが、彼女と同じ空間にいるとやがてその優しさを感じることになる。
おそらく、祥子の目に、その日の私は 「いつもと違う」 そう見えたに違いなかった。
車が横浜に近づく頃には、祥子から話しかける事はなくなった。
ボンヤリと視線を外に向けている私を「ほっぽっておこう」と思ったのだろう。
確かに、その時の私は、それまで車中でどんな話しをしたかさえ良く覚えていなかった。
うわの空
私の気持ちは、朝、しゅうとの会話に戻っていた。
「どこに行くんだ?」
「帰りは何時頃?」
私達夫婦に会話は多い。
同年代の夫婦とは比べものにならないと思う。
とは言え、お互いにプライベートな部分で触れられたくない事については、
深く追求しないのが暗黙のルールにはなっている。
朝交わされた会話も特別 不思議、、、という事ではない。
根掘り葉掘り聞かれた訳じゃない。
むしろ、私が出かける時に普通に交わされる会話。
ただ、、、
何かが引っかかっていた。 
それは、以前にも何度か同じ質問をされていた事が一番の要因だが、
それだけじゃない気がしていた。
しゅうらしくない

そう、、、この思いに全ては集約されていた。
今までの彼らしくない。
「ランチに誘おうと思ってね」

そう言ったあの表情に偽りの影は感じられなかった。が、、、
行き先はともかく、今日、祥子と会うことは何度もしゅうに伝えてあった。
それを忘れる、、、という事が私に信じられないのだ。
手帳に細かく予定を書き込んでスケジュール管理をする人ではないが、
良く忘れないモノね!? と思うほど、その記憶力は優れている。
ちょっと前も、朝、食事を取ろうとしたら、
「おい!お前、、、メシ食って良いのか?」
といきなり怒られた。
「えっ!?」
その意味が分からずに、私はマグカップを持ったまま固まってしまった。
なんで? 食べちゃ駄目なの?

「健康診断だろ? 朝メシは抜いてこい、って言われただろう」
そう言われ、カレンダーを見てようやく思い出したのだった。
その日は主婦検診の日だった。
確かに、「朝ご飯は食べないで、、、」等々、いくつかの注意事項を受けていた。
「忘れてた…」
「バカ」

しゅうに健康診断の話をしたのは、、、おそらく半月以上前。
私ですら忘れていたのに、しっかり覚えている事に改めて驚いたのだ。
そのしゅうが、、、
今日の祥子との約束を忘れるなんて、、、おかしいよね。


祥子の事は彼も良く知っている。
「痩せたら、俺のタイプ」とさえ言っているのだ。
今日という日付、祥子、一緒にランチ。これだけの情報が彼の頭にインプットされていれば
少なくとも、今までのしゅうなら絶対に忘れない。
むしろ、私が何も言わなくても、
出かける間際に「祥子にヨロシクな」と言うに違いなかった。
しゅうが知りたいのは、私と祥子が会う場所。
確信に近いモノを感じていたから、私の心にわだかまりが残っているのだ。
そのことは、、、しっかりと自覚していた。 と、同時に、
「そんな事ないよ。 気にしすぎ!」と 自分を諭す、もう一人の自分もいる。
関内駅の近くにある駐車場に車を停めた祥子は、
「どうする? ここで待ってる? 
   10分か20分くらいかかるから、お茶でも飲んでる?」
そう言うと、道の反対側にある 「スタバ」を指さした。
「そうしようかな。」
「そうしなよ。その方が私も気が楽だしさ。
              終わったら、あそこに行くから」

そう言うとトートバックを持って小走りで去っていった。
時計を見ると、1時5分前、、、ランチを終えたOLが会社へと早足で戻っていく。
スタバの中でも、サラリーマンの客がカップに残った最後のコーヒーを飲み干している。
午後の仕事が始まるんだ・・・
私は、「カフェラテ」を注文すると、通りに面した椅子に腰掛けた。
横浜かぁ、、久しぶりだな。
横浜にもしゅうの店があった。 
そう言えば、あまり売り上げが良くないから、、、閉店も考えている、って言ってたっけ。
そのお店のオープニングの朝、、、和服を着てこいと言われて、慌てた事を思い出した。
港町横浜、その港のイメージを残したままで「和」のテイストを取り入れた店内。
「俺が『紋付袴』ってワケにはいかないからなぁ、、、ランは着物を着て来いよ」
と言われたのだ。来賓の前で挨拶をするしゅうの横に立って、店内を見回し、、、
どうなんだろう?
そんな違和感を覚えた。 
素人の私が言うのもなんだけど、中途半端? そんな気がしたのだ。
どうせならもっと「和」のイメージをしっかりと出して欲しかったし、それに抵抗があるのなら、
「港街」のイメージで良いのではないか?
港街の若さと。和の老練さのようなモノを融合させようとしたのだろうが、、、
20代の女性と、40代の女性を足して2で割った、30代の女性が魅力的・・・
とは私は思えない。自分自身もすべてに中途半端な世代だったような気がする。
母なのか、妻なのか、女なのか、曖昧な年代。
あの横浜のお店にもそんな「曖昧」さがあったのだ。
閉店の理由もそこにあるんじゃないかしら・・・
通りを行き交う人を見ながらそんな事をぼんやり考えていた。
と、、、私の右手、、、
ちょうど祥子が車を停めた駐車場の前あたりに私の目を惹く車が停車していた。
信号待ちで、5台ほどの車が私の前までつながっている。その最後尾に停まっていた。
同じ車で同じ色だ。
ざわざわ・・・


水面を風が吹き抜けた。
すぐ前に停車している車の陰になって、ナンバーは読めない。
外車だが、右ハンドルなのか運転手の顔も見えない。
しかし、助手席に座っているのが女性とうい事は、かなり離れていても確認が出来た。
ざわざわ、ざわざわ・・・
チクリ 
胸を刺す微かな痛み。
お店の前の信号が青の変わり、車が流れ出した。
心臓の鼓動が早くなる。
前の車が動き出した瞬間、、、
ナンバープレートに刻まれた4つの数字を確認したとき、
水面を渡る風が「突風」になった。
運転席に目をやる。
当然だが、そこにはしゅうが座っていた。 
助手席には、、、もちろん私ではなく
私の知らない、、、見たことのない女性が座っていた。
車は信号を直進して、すぐに私の視界から消えた。
しかし、しっかりと録画された「その場面」は
何度も何度も私の頭の中でリプレイされた。
思考回路がフリーズしていた。
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わだかまりを残したまま、
私は祥子との待ち合わせ場所にむかった。
郊外からやってくる彼女が都内に来るときは車を利用する事がほとんどで、
今日も例外ではなかった。
私に家から数分歩いたファミレスがいつもの待ち合わせ場所だった。

都内に住んでいる私にとっては、例えば、銀座や渋谷に行くのであれば迷わずに
電車・地下鉄を使う。 駐車場の心配もいらないし、何より時間通りに着くことが出来る。
荷物が多くなって、電車にのるのが大変な時はタクシーを拾えば良い。
そう祥子に言うと、「だって、、、都内って広いでしょ?移動が大変じゃない。」という。

都内が広い!? 

私からみればむしろ狭いくらいで、夜、渋滞のない時間帯に都内を一周してみれば
その狭さが良くわかるはずだ。

東京なんて、、、小さな街よ。

家の廻りの道も曲がりくねっている上に狭い。 
もし、火事でも起きたら、消防車は入ってこれるのだろうか?と不安に思う。

そんな事を考えながら、いくつか路地を曲がると、今度は片側三車線の広い道路に出た。
待ち合わせのファミレスは目の前、、、でも反対側の車線にあった。
昼間のこの時間帯に、その道路を横切るのは相当の度胸が必要だ。
200mばかりはなれた信号を渡って、ファミレスにたどり着いたとき、
駐車場の中に見覚えのある、祥子の車が停まっていた。

「お店の中、入らないでしょ?」

私を見つけた祥子が、車のウインドゥを下げながら笑顔を見せた。

「そうね、、、 そうしよう」

お店には申し訳ないが、駐車場だけを拝借することにした。

家の近所に買い物に行くのも車を使っているだけあって祥子の運転は上手かった。
女性にありがちなギクシャク感が無い。 バック、切り返し、合流。
私だったら躊躇ってしまいそうな駐車場からの発進も手慣れたモノだった。

「元気そうじゃない? 太った?」

なんでもストレートに話をする祥子とは、会話のリズムが合う。
遠回しな事が嫌いなのか、思ったことをはっきりと口にする。
時として誤解を招くこともあるが、私は彼女との会話が心地良く感じる。

「太ったかも、、、」
「そのくらいが丁度良いわよ。 前のランは細すぎ」

「そう?」
「そうよ!私達くらいのトシになったら、少しくらい脂肪が付いていた方がいいんだってさ」

「医者にも言われたわ。 コレステロールを増やしなさいって」
「増やせって!? 珍しいね。 減らしなさい!って言うのは良く聞くけど…」

それまで、前を見ながら運転していた祥子が一瞬、助手席の私を見て言った。

「確かに、まだアンタは細すぎだわ。 
     ほら、見て、、私なんか下っ腹にこんなにお肉をつけてるんだよ」

そう言うと、スカートの上から下腹をギュッと握って見せた。
なるほど、彼女の指が掴んだお腹のお肉は、
豚バラブロック300gくらいのボリュームがありそうだった。

「あなたの場合は食べ好きでしょ? 
  いいじゃない、美味しいものを好きなだけ食べられるなんて、ある意味幸せよ。」
「まぁね、、、好きなモンを我慢してまで、痩せたいとは思わないな」

午前中という事もあって、混雑で有名な環状線だったが、車の流れは順調だった。

「あ、、、悪いんだけどさぁ。
    今日、銀座じゃなくて別の場所に行きたいんだけど、良いかな?」
「あ、そうなの、、、別に良いけど、どこ?」

お茶が買えなくなってしまった…
私は空っぽの茶ずつを思い出していた。

「横浜」
「ヨコハマ、、、大幅な変更じゃない?」
「ごめん、仕事がらみなのよ。 作品を届けるだけだから、10分で終わる。
                 お昼は私がご馳走するからさ、、、付き合って」

祥子は、ジュエリーのデザイナーだった。
彼女の作品は私もいくつか持っている。 
友達のよしみで買ったワケでは無く、アクセサリーとして気に入ったから買った物だ。
まだ独身の頃、彼女の作品展の手伝いにも良く行った。
最近では、デザインだけではなく、シルバーのアクセサリーを自作している。

「いいよ。 私はどこでも構わないわ。どうせ助手席に座っているだけだし」
「悪いわね、、銀座に用事があったんじゃない?」

「べつにたいした用事じゃないから平気よ。
               お茶屋さんに行こうと思っていただけだから」
「横浜だから、中華でいいでしょ? 美味しい台湾料理屋を見つけたのよ」


話が早くていい。 
祥子の中で、横浜に行くのは私に会う前から決まっていたはずだ。
だったら、彼女のようにはっきりと言ってもらった方がいい。
女特有の探るような言い回しは嫌いだ。


おそらく、この道順で何度も横浜に通っているのだろう。
祥子は道に迷う様子もなく、横浜新道へ入って行った。
そうか、だから横浜新道方面に向かっていたんだ。
246を通り過ぎたあたりで、不思議に思っていた事が一つ解決した。

が、、、今日の行き先を「横浜」と聞いて、なぜか

ざわざわ

と胸が騒いだ。





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「なあ、、、今日の予定はどうなってるんだ?」

大きめのマグカップに残ったコーヒーを飲み干しながらしゅうがそう聞いてきた。
手にはブリーフケースが持たれていて、指先には車のキーがぶら下がっている。
いつもの出社前の光景だった。

「今日? 友達と会う予定なんだけど、、、 前にも言ったよね?」
「あぁ、、そうか、今日だったっけ?」
「そうよ」

私はカレンダーに目をやって、日にちを確認した。
15日の水曜日。
間違いない、祥子と久しぶりに逢う約束をしたのは一ヶ月ほど前だったが、
私がこの日を指定したのだから、勘違いするはずもなかった。

「どうして?何かあるの?」
「いや、、、今日の昼頃にちょっと時間が取れそうだから、ランチでも一緒に、、、
                        そう思ったんだが、、、そうか、今日だったね」

しゅうもカレンダーを見ながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

「ごめんね」

しゅうが仕事の途中で私をランチに誘うことは良くあった。
新しいレストランやホテルがオープンすると、視察もかねて2人で出かける。

「いや、いいんだ。 また今度な。 で、、、今日はどこに行くんだ?」

そう言いながらしゅうは玄関へむかって歩き出した。
私はエプロン姿のまま後を追う。

「まだ決めてないけど、銀座に行こうと思ってるんだけど」
「そう・・・」
「お茶も買いに行きたいし、やっぱり銀座かな」

昨夜、夕食の後にお茶を入れようと茶筒をあけたら、予想外にお茶っぱが少なかった。
だから、今日は祥子とランチのついでに銀座にある「うおがし茶屋」で
美味しいお茶を買おうと思っていたのだ。

「帰りは?」
「レッスンが6時にあるから、5時には戻ってるわ」

身支度を整えたしゅうが玄関扉を開けながら
「そうか、、、じゃぁ、気をつけてな。」
と言った。

気をつけて!? 慣れた銀座にいくのに気をつけるも何もないでしょうに、、、?

しゅうの言葉に妙な違和感を感じながらも、
「ありがとう、、、あ、、いってらっしゃい」

しゅうの後を追って外へ出る。
三月の半ばだが、空気はまだ冷たく長袖のブラウス一枚の私は思わず身震いをした。
やがて、しゅうの車がガレージから出て、いつものように私の前を通り過ぎて、道を右折する。 
こちらを見るでもなく、軽く右手を上げて私に合図を送るしゅう。
毎朝繰り返される、朝の風景。
しゅうを見送った後、私はほうきとちりとりを手に玄関廻りを簡単に掃き掃除する。

気をつけてな。

しゅうの言葉が気になった。

なぜかしら? どうして気になるんだろう?

考えてみれば、「気をつけて」という言葉をしゅうは良く口にする。
夜、コンビニにちょっと買い物に行くときに
「ヘンなのが居るから気をつけろよ」と必ず言われる。
車で出かける時だけではなく、電車で出かける時も
「気をつけて」
子供じゃないんだから、、、電車くらい一人で大丈夫よ!
いつも心の中で苦笑いしながら、その言葉を聞いている。

それなのに、その日の朝の「気をつけて」というしゅうの言葉に私は不思議な違和感を覚えていた。

その違和感は、キッチンに戻って、朝食の後片付けしながらも続いている。
私はその朝のしゅうとの会話を思い出してみた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

朝食を食べ終わるまでは特に話はしていない。
私がテーブルの上を片づけはじめたとき
しゅうは新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
出かける予定があった私は、天気が気になったので

「ねぇ、、今日の天気予報どうなってる?」
としゅうに聞いた。

「ん、、、」
しゅうは新聞をくるりとひっくり返して、1ページ目の天気予報の欄を見て
「晴れ」
そう、言って 『お日様マーク』を指さした。


その後は、、、
もうしゅうが家を出る時まで話はしてないよね、、、

それなのに、なぜ「気をつけて」が気になったんだろうか?
その時、つけていたFMラジオの音楽が終わってDJが元気の良い声でしゃべり出した。

「と言うわけで、今週はスペシャルウイーク! 
  プレゼントも目白押しだから、これから言うキーワードを聞き逃さないでね。」

最近はテレビをつけずにラジオをつけることにしている。
民放テレビ局の番組はどこも朝から騒がしいだけで神経を逆撫でされるようだし、
比較的静かなNHKも、流れるのは暗いニュースばかりで朝からテンションが下がってしまう。
FMラジオなら、、、とは言え、朝からロックを聞かされるのもちょっと疲れてしまうが、、、

「もう一度言いますよ。 今週はスペシャルウイーク!
  え!? しつこい? 何度も言うな!? すみませんね、、、スペシャルウイークなモノで」

DJのやや大きめな声は嫌でも私の耳に入った。
その時だった。 私は違和感の原因を見つけたのだ。

「あ!!」

洗い物をしていた私の手がピタッと止まった。

『しつこい? 何度も言うな、、、!』
そうか! 引っかかっていたのは、「気をつけて」じゃなかったんだ。

「今日はどこへ行くんだ?」
あの言葉だったんだ!

確か、、、何日か前にも同じ事を聞かれた。

「友達と会うとか言ってたよな?いつだっけ? で、、、どこへ行くんだ?」
夕食時だったような気がする。
「まだ決めてないけど、銀座か恵比寿かなぁ」
そう答えた記憶がある。

それに、、、その前も。いつだったかは忘れたが
「今度、祥子と逢うのよ。 一緒にランチでもしようかと思って」
「へ~~、、いつ? どこで逢うんだ?」

違和感の原因はここだった。

「いつ?どこで?」
日頃、私のプライベートな部分に干渉しないしゅうにしては珍しく何度もこの言葉を使った。


喉の奥に刺さっていた小骨がぽろりと取れたように違和感は無くなった。
でも、その変わりに、
頭の奥で微かに「偏頭痛」を感じるような、違和感ならぬ「不快感」が私を襲った。

「いつ?どこで?」

なぜしゅうはしつこく聞いてきたのだろうか?

原因が判らない痛みはやがて「不安感」へと変わった。 
 
 
 
 
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ずっと、信頼してきた。

もちろん、多少の行き違いはあったし

「別れ」を考えたことだってある。

それは、きっと、、、どんなに仲の良い夫婦であってもそうだろう。

それでも、口も聞かず、視線も合わせない日が数日も続けば

お互いにその空気の重さに耐えられなくなる。

心のどこかに無理矢理押し込めてしまった夫の対する思いが膨らんでくるのだ。


やがてどちらともなく、歩みよって、互いに手を取り合う。


そんな事を20年以上も続けてきた。

これからも、ずっと、、、いいえ、、、死ぬまで一緒に居るものと信じていた。

「信じていた・・・」 その気持ちは今でも変わらないが、

ある種の危機感を持ったことは間違いない。


お互いに自分を見つめ直す時間が必要だね。


しゅうはそう言った。

しかし、見つめ直す必要があるのは私だけだと思う。

彼は、、、しゅうは、、、これまでずっと「自分」と対峙してきた。

客観的に、時には俯瞰で自分の事を見つめる事が出来る人だ。

あの「冷静さ」には頭が下がると同時に、「醒めた目」に恐怖を覚える事もあった。



25歳で結婚して、仮に80歳まで生きるとすると、55年間一緒に居ることになる。

2人の間にセックスが存在するのは、何年だ?

60まで頑張ったとして、35年。 55までなら30年。 

残りの20~25年は「レス」なわけさ。

その20年をどう仲良く過ごす? 

そろそろ考えておかなくちゃならないだろう。



しゅうの言わんとすることは分かるが、私の心に引っかかる一つの「事実」

しゅうの中では、幕引きされたものかも知れないが、

私にとっては、解決していない問題なのだ。



「浮気」

「不倫」

「裏切り」


こんな事に悩む資格は無いかも知れない。

いままで数多くの「既婚男性」と関係を結んできた私。

心と体を分離させて、「愛」とは縁の無いセックスを楽しんできた。

愛とセックスは別な物、、、を実践してきた私が

夫の浮気に 心を痛めるのは、矛盾している。

それは良く、、、良く、、、分かっている。


でも、、、、




このシリーズ「なぎさ」の前話はこちからどうぞ♪


 

 

最後になぎさと逢ったのは、、、
まだ春には遠い、3月のはじめだった。

その時だって、半年ぶりの逢瀬。

彼からの連絡も途絶え、、、と言ってももともと自分から積極的にアプローチをしてくるタイプではない。
私も、彼の日常生活の変化に気づいていたので、あえて連絡するような事は避けていた。
その変化は、おそらく 彼の婚姻生活についてで、しかも離婚という最悪の結末に向かっている
と思えるような事だった。

「調停」そう書かれた彼の手帳。
それまで見せたことのないような、自信を失ったかのような態度。
そのどれもが、離婚へ向けての階段を登っているが為に心身共疲れている証拠のような気がしていた。

それが、、、ある日の夜、携帯に彼からメールが入った。

「久しぶり?どう、、、食事でもしない?」

携帯の画面に光る、懐かしい名前 「なぎさ」
最後のデートの時、駅まで送っていった私に背を向け、力なく歩いて言った姿が思い出された。

あなたらしくなかったわよ・・・

彼の魅力は、驚くくらいの自信と、ともすれば我が儘・身勝手とさえ感じる彼のセックスだ。
疲れ果て、踵を引きづりながら歩く様は見たくない。

あまりに短いメッセージで、なぎさがどう変化したのかは読み取れなかった。
それでも、、、私はすぐに

「元気だった? ちっとも連絡くれなかったから、心配していたのよ。
        食事?もちろんOKよ。 貴男のスケジュールに合わせるから」

そうメールを打った。



待ち合わせは新宿のホテルだった。 午後7時。
毎度の事だが、私が約束の時間にコーヒーラウンジに着いたとき、なぎさは来ていなかった。
私には珍しく、コーヒーをオーダーすると、バックから単行本を取り出してページを開いた。
ラウンジの照明はすでに暗くなっていて、本を読むには照度不足。
特に、、、老眼が進み始めた私にとっては、読みにくいことこの上ない。
仕方なく、バックから老眼鏡を取り出してかける。 

鼻に跡が残るから嫌なんだけどな、、、

コーヒーが運ばれてきた。
最近は、コーヒーをよく飲むようになった。 以前は、紅茶一辺倒。
どこへ言っても、頑なに「紅茶」をオーダーしていた。 
コーヒーのあの苦みが苦手でついつい砂糖を多くしてしまう。
すると、飲み終わった後に、砂糖の糖分が喉に絡みつくような気がして好きになれなかった。
それが、半年ほど前にとあるお店で入れてくれた「モカコーヒー」がとても美味しかった。
コーヒーなんて苦みだけ、、と思っていた私には、モカコーヒーの独特の酸味は新鮮だった。
苦みの後で広がる酸味、一口で2つの風味が楽しめるようで、私にとっては新しい出会い。
それ以来、メニューに「モカ」の文字を見つけると、少々迷いつつも頼んでしまう。
もっとも、なかなか酸味のきいたモカコーヒーには出会えない。

今日のコーヒーは、、、

香りはなかなか良かったが、やはりあの酸味を味わうことは出来きずに苦みが口の中に広がる。
私はシュガーポットの小さな砂糖の塊をつまみ上げると、カップの中に落とした。

3ページほど読み進んだところで、フト視線を上げると、ラウンジの入り口に背の高い男性が見えた。
老眼鏡のフレームの上に視線を移して注視するが、ぼんやりと霞んではっきりとは見えない。
でも、あの手足の長さは間違いなくなぎさだ。
私が老眼鏡をはづして、バックに仕舞うと、もう一度通路に目をやった。
黒のスーツに身を包んで、見覚えのあるブリーフケースをぶら下げ、私に向かって笑顔を見せているなぎさ。

「ごめん、、、待った?」 

「5分まったかな」 

「ごめん、ごめん」

少し太ったかも知れない。 前に逢ったときは、仕事の関係で肌が焼けていたからより細く見えたのかしら?
それにしても、全体にふっくらした印象がある。 顔色は日焼けも褪せたのか、以前より白くなったが、
血色が良く暗い印象はなかった。

どうやら、ゴタゴタから解放されたようね。

「元気そうね?」

「え? 俺? そうでもないよ」

「そうかな。 前逢ったとき、、、えっと、半年も前の話しけど、あの時よりも元気よ」

「いつだっけ? 去年の秋? いや、、、もっと前か」

「マクドナルドで待ち合わせた時よ」

私は、テーブルに肘を突いて顔をなぎさに近づけた。

「ん?」

私の目をのぞき込むなぎさに向かって

「あなたが調停をしている時だったかな」

小声で呟いた。

なぎさの口元がピクリと動いた。
顔を私から離すと、

「どうして知ってるの?」

怪訝そうに聞いてきた。

「どうしてかしら、、、忘れちゃったけど、あなたが言ったんじゃなかったっけ?」

「そんな訳ないだろう」

注文を取りに来たウエイトレスに

「あ、、俺もコーヒー」

そう言うと、ソファーの背もたれに体を埋めて一つため息をついた。

「ランにはかなわないな、、、」

「・・・・・・・・・・・・」

私は微笑みを浮かべながら、なぎさを見ている。

「まぁ、そう言うことだよ。 俺、、、離婚したんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

微笑みは絶やすことなく、かるく頷く。
離婚したんだ、、、その言葉に一喜一憂するべきではない。
慰めの言葉だって、彼にとっては鬱陶しく感じられるに違いない。

「ここでようやく片が付いた。 それで、、まぁ、ランに連絡をしてみたわけです」

なぎさの口調はどこか投げやりだったが、彼の顔にも笑みが浮かんでいた。

「大変だってでしょ? 
    結婚するときよりも離婚するときのほうがエネルギーを消費するって聞くわ」

「その通りだね。 夫婦間で離婚の話しが出たのが1年くらい前。
   それから、家庭内は針のむしろだよ。 で、女房が出て行ったのが、去年の夏過ぎ?
       そのうち弁護士から電話がかかってくる、、、むこうの親との話し合い、、、
                                   さすがの俺も胃がおかしくなった」

「それが、、、ちょうど前回のデートの時くらいでしょ?
        日焼けのせいもあったけど、顔色悪かったわよ」

なぎさは当時を思い出そうと、眉間にシワを寄せて天井に視線を向けた。

「あぁ、、、そうだね。 
   丁度あのころが一番酷かったかもしれないな。」

あのころの貴男は、自分自身を、、、そしてなにより自信を失っていたわよ。
と言う変わりに、

「大変だったわね。」

ありきたりの言葉を口にした。

「と言うわけで、俺の履歴書には バツイチが付いたわけ」

「その原因に、、、、、私も関わっているのかな?」

運ばれてきたコーヒーにミルクを注いでいるなぎさに聞いた。

「え?ランが関わっているかって? そりゃぁ、、関係ないよ。
                    全然、関係ないから、気にしなくて良い」

「そう」

「俺の浮気とか女性関係とかそんなモンじゃないんだ。
     まったく関係ないとは言わないけれど、原因は違うところにあったんだよ。
              う~ん、、、簡単に言えば、結婚に対する価値観の違いかな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ま、、、良くある離婚理由の一つだよ。 性格の不一致とも言うし、、、
       もともと、俺たちの結婚は間違っていた、、、って事じゃないの」

「そう」

「そう、だから、ランが気にすることも気に病むこともない」

「分かった」

「それより、、、今夜の予定は?」

「食事でしょ? どこに連れて行ってくれるの?」

「そうだなぁ、、何が食べたい?」

2人の間で交わされる何気ない会話。
でも、そこでは小さな小競り合いが続いている。

『だからさ、、、メシの話しじゃないよ。 その後、、、セックスするのかしないのか』
『あら、、、セックスをしたいの? それならそう言えば?』
『久しぶりに連絡して、いきなりセックスしませんか、、、なんて言いづらいだろうが』
『女の口から、セックスして、、、っていうほうがよっぽど難しいわよ』
『なんだよ、、、勿体つけて、ランだってしたいんだろ?だから、出てきたんだろ?』
『それはお互い様じゃない?』

イタリアンが良いだの、中華にしようかだの、、、

どうでも良いことを熱心に語りながら、お互いに腹の内を探っている。

探っている、、、と言ったって、行き着く場所は決まっているのだ。

二人が裸で抱き合えるところ。



なぎさが離婚したことろで私達の関係に変化はない。


私にとって、彼は年下の愛人、、、都合の良い、セックスフレンドなのだ。






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「僕は、涼子さんの事が好きです。 それは、、、もう随分前から自覚していた。

     彼女の僕に対する気持ちも分かっていたし、それが嬉しくもあった。

   でも、不倫ゲームの中にあって、その気持ちはある意味で御法度ですからね。

       心の奥にしまっておいた」
「不倫ゲームね、、、」
しゅうがぼそりと呟いた。 きっと何か言いたいのだろうが、、、その先の言葉は出てこない。
「健一郎さんがマンションに来たときは、驚いた、というよりも、

   来るべき時、来るべき人が来たな。 という感じでした。
  
       間男と、妻を寝取られた夫。 本来なら壮絶なバトルが展開するんでしょうが、

     2人とも、とても冷静でした。 まるで、世間話しをしているかのようだった。

       だから、『涼子と結婚するつもりですか?』と聞かれたときも

   決して、売り言葉に買い言葉ではなく、素直な気持ちが出たのだと思う。

           『結婚するつもりです』ってね」 
 
 
「その気持ちに今も変わりはないの?」
涼子が今の段階で、ヒロとの事をどう考えているのかは分からない。
しかし、ヒロの気持ち次第では、一気に離婚。 という事も考えられるが、 
もし、ヒロにその気持ちが無いのであれば、 打算的ではあるが、彼女の判断も変わるかもしれない。
心を焦がすような「色恋」だって、現実的な事を考えれば感情論だけではどうにもならない。
「僕の気持ちは変わらないが、、、 
   
        涼子さんと健一郎さんがどんな結論を出すか、、、ご夫婦の結論次第です」
 
  
ヒロは神妙な面持ちでそう答えた。   
  
と、、  
 
「フン!」 
   
しゅうが鼻を鳴らして立ち上がった。
「随分と、勝手な言いぐさだな。 すべてはお相手次第か、、、」
「え!?」
「フン、、、」  
    
今度はしっかりとヒロの目を見ながら、鼻をこれ見よがしに鳴らした。
表情は穏やかだが、視線は鋭かった。    
  
「スケコマシ、、、じゃない、人妻キラーを気取っていたお前らしい言いぐさだよ。

   お前は健一郎さん夫婦の結論を見守るような立場じゃない。

      退院したら、2人のところへ行って土下座をして一連の不祥事を詫びて、

   許してもらわれなくても責任を取って『涼子さんと結婚させてください!』って言うのが筋なんだよ。

      このバカが、、、そんな了見だから 何度も同じ間違いを繰り返すんだ。
   
             もう一度、よく考えろ! 病院のベッドに寝ているんだから時間がタップリあるだろ」
「しゅうさん、、、、」
    
    
しゅうは私の方を見ると   
     
「おい、帰るぞ」   
   
そう言うと、ヒロを見ることもなくエレベーターホールに向かって歩き出した。
車の中のしゅうは、、、
露骨に不機嫌な顔をするだろう、、と私は思っていたが、
意に反して 笑顔さえ浮かべていた。   
     
「まったく、、、懲りないヤツだ。 

   「健一郎さんと涼子さん次第です、、、』なんて、あんな言いぐさがあるか?

      2人が離婚するについては、色んな要因はあるけど、 

   その原因を作ったのは他ならぬ自分自身なんだぜ。

      あれじゃまるで、他人事じゃないか!? 高みの見物を気取ってやがる。

   ふざけた野郎だよ。ったく、、、」   
     
言葉はきつかったが、口調は柔らかで、おそらくしゅうも半分は呆れていたのだと思う。     
     
「でも、あれだけはっきり言ったんだ。少しは考えるだろう」
「そうかしら? 三つ子の魂百まで、、、ってあなたの口癖よ」
「そうりゃそうだ、、、まぁ ここも見守るしか出来ないな。

                            もう放っておこう」
そうね、、、
親友だから、友人だから、、、と言ったところでたいした事など出来ないのだ。
せいぜい、電話口で「愚痴」を聞いてあげる事くらい。
そんなものよ。
結局、、、健一郎さんと涼子、2人はすぐに離婚をしなかった。
かなり具体的な話しをしていて、離婚も秒読みと思われていた矢先に
健一郎さんが入院する事になった。
初期の胃ガンだった。
さすがの涼子もその事実を知って、離婚の話しを一時棚上げにしたのだ。
幸い、発見が早く大事には至る事はなく、その後健一郎さんは元気に仕事に復帰した。
 
ただ、闘病中、二人の周囲から「離婚話」は姿を消していた。
病気が2人の中を修復したとは思えないが、あれから1年以上たった今も
離婚の話しは棚上げになったままだ。
廻りがいくら説得しても、「離婚」しか眼中になかった涼子と
  
その気持ちを尊重しようとしていた健一郎さん。
  
私達も含め、周囲は「離婚やむなし」という雰囲気になっていた。
それなのに、「ガン」という最悪の病が2人を再度、くっつけようとした。
  
それが良いことなのか悪いことなのか、今はまだ分からない。
或いは、この先ずっと分からないのかも知れない。
人生なんてそんなものなのかもね・・・ 
 
 
もっとも、家での2人は完全に家庭内別居状態が続いていて修復の兆しはないという。
涼子とはときおり連絡を取り合っていて、ランチに誘われたりもするが、
話しの内容は当たり障りのないことばかりで、夫婦のことについてはほとんど触れることも無い。
傷跡を探るような事は私もしたくはない。
ただ、、、やはり子供「ハルカちゃん」の事は気になる。
彼女にはなんの落ち度も無いのだ。 
むしろ、夫婦仲を取り持とうと健気に明るく振る舞っているように私には見える。
ときおり見せる彼女の屈託のない笑顔がかえって痛々しく感じてしまうのだ。
第三者的な、無責任な意見かも知れないが、ハルカちゃんの為にももう一度やり直して欲しいとは思う。
    
ヒロは、竹内さんの必死の説得も聞き入れずに、会社を辞めた。
女性がらみの不始末は2度目なのだ。 辞表を出すのは当然の事だろう。
退院後に涼子の家と、彼女の実家では、大きな体を小さくして「土下座」をしたらしい。
さすがに「涼子さんを下さい」とは言えなかったようだが、、、
健一郎さん・涼子・ヒロ、、、 3人だけて解決できる話しでは無くなっていた。
単なる「浮気」の話し合いであれば、大人同士、3人で解決できたのかも知れないが、
おおやけになってしまっては、さすがにそうはいかない。
ヒロと涼子が結婚する。
そんな理不尽な事がそう簡単に実現するわけはない。
若さだけで 『結婚』というゴールにたどり着ける20代とは訳が違うのだ。
しがらみ、、、 結局、不倫の恋に燃えていた2人も、、、しがらみによって離れていく事になる。
    
    
半年ほどたち、ヒロが東京を離れる日。
私と涼子は東京駅まで彼を見送った。
吹っ切れたのか涼子の顔には 「寂しさ」も無ければ「未練」も感じられなかった。
寂しさという意味では、むしろ、、、私のほうがあったかも知れない。
駅には、、、竹内さんも来ていた。
病院で見た時とまったく同じような服装で、、、疲れた靴を相変わらず履いていた。  
  
「ホームへは来なくて良いから。」   
 
と言うヒロの言葉に従って、私達は新幹線の改札で彼を見送った。
いつものような、素敵な笑顔を見せて彼は人混みに消えた。
踵を返す私達を尻目に、竹内さんは、見えなくなったヒロのほうをずっと見ていた。
彼は今回の火事の裏側でおこった 本当の「愛憎劇」を知らない。
でも、知らないほうがいい。
知らないからこそ、東京を後にするヒロに未練を持っているのだ。
私達を同じように心を痛めたに違いない竹内さんだが、、、事実を知らない彼が一番純粋に
今日、、、ヒロに手を振っていたのだ。
「どうする? どこかでお茶でも飲む?」
涼子は元気になった。 一時期の「鬱状態」からは抜け出したようだった。
「いいよ。 今日は、、、仕事も無いし」
「話したいことがあるんだ」
「何よ、、、もう トラブルはごめんよ!」   
    
涼子は笑っている。
喫茶店が少なくなった今、落ち着いて話せる場所はなかなか見つからない。
結局、デパートの中にある
某有名パティシエの お店に入った。
ケーキセット¥1.200-也 
高いわね・・・
「で、話しって何?」
「うん、、、驚かないでね」
「もう、たいがいのことじゃ、、、驚かないわよ」
 
「新しい 『彼』が出来たのよ」   
    
 
涼子の顔は輝いていた。
驚くはずもない。 おおかたそんな事だとは見当がついていた。
もう20年以上、彼女の友達をやっているのだ。   
     
「へ~~~っ  今度はどんな人?」
バカは死ななきゃ治らない、、、のか 三つ子の魂百まで、、、なのか、、、
私は大袈裟に驚いて、高いケーキを口に入れた。
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私達に出来ることは無い。
健一郎さんと涼子の事に限らず、夫婦間の事は他人がどうこう言ったところで
最終的に決断をするのは夫婦。
それぞれに持っている価値観や、人生観でその結論は変わってくる。
しゅうが感じたのは、彼等夫婦が、、、例えば私達にアドバイスを求めている訳ではなく、、
それぞれが結論を心の中に持っているという事だった。
であれば、  
   
「俺たちには何も出来ないよ。 見守るしかない」
 
 
という彼の言葉は正しい。
私達は 健一郎さんと涼子を病室に残し、病院を後にした。
後ろ髪を引かれる思いではあったが、
第三者がいたのでは言いたいことも言えないだろうという判断だった。
ヒロは相変わらず面会謝絶だったが、看護婦の話では
数日中には会話も出来るようになるだろうとの事だった。  
  
 
 
車の中で、しゅうは終始無言だった。
普段ならば、冷静に状況を分析し、私を納得させるに充分の理屈を言ってくるはずなのに、
その表情に、生気は感じられなかった。 
疲れもあったのだろうが、おそらく、頭の中も空っぽだったに違いない。
それは私も同じだった。
あまりにたくさんの事が一度に頭の中に入ってきて どれから整理したら良いものか、、、
見当もつかないわよ!
「それにしても、、、」
ようやくしゅうが口を開いたのは、静かな夕食が終わって、、、
久しぶりに美味しいお茶を入れて リビングのソファーに座ったときだった。
私は、香り高い緑茶をすすりながら、しゅうの方を見た。
「健一郎さんの話しはおおかた予想の範囲内だったが、、、
           まさか、、、ヒロが結婚するつもりだったとはなぁ、、、、」
私を驚かすつもりはなかったのだろうが、その言葉の意味を理解したとき
この2日間で大抵の事には驚かなくなっていた私も やはり自分の耳を疑った。  
      
「え!? 結婚するつもりだった、、、って、、、ヒロ君が、、、涼子と!?」
「そうだ。健一郎さんの問いにはっきりとそう答えたそうだよ」
「と言うことは、、、2人は直接会っているのね?」
「うん、半年くらい前に健一郎さんがヒロのマンションを訪ねたらしい。」   
    
しゅうはかいつまんで、2人のやり取りを話してくれた。
分からない、、、 
涼子の行動も理解できなかったが、、、
彼女の夫である健一郎さんの事も、、、結婚すると言い放ったヒロの事も、、、
今回の事に関わった3人の行動パターンはすでに私の理解を超えていた。
しばらくしゅうの言葉を反芻していた私だったが、 
      
「ねぇ、夫婦ってなんなの?」  
  
ばからしくもストレートな疑問が口をついた。  
  
「さあなぁ、、、なんなのだろうなぁ、、、 俺にもよく分からん」  
  
しゅうにしては珍しく投げやりな口調で、その目はどこか遠くを見ているようで、、、
少し寂しげだった。
ヒロは、、、  
  
結局、3週間ほど入院生活を送り、顔のケロイドも痛々しいまま退院した。
退院する数日前にしゅうと2人で病室を訪ねた。
両手と顔の火傷は想像以上にひどく、顔の一部はそのうち移植手術をするような事を言っていた。
一通り体の様子を聞いた後、、、
私はどうしてもヒロに聞きたい事があったので、隣のベッドが気になる病室から 談話室にヒロを誘い出した。  
     
「ねぇ、、、 私が病院に駆けつけて、集中治療室に行ったでしょ。
     まるでミイラのようなあなたに会って、かける言葉も無かったわ。」
「そうでしたね、、、」
「あの時、私が病室を出ようとしたとき、あなたは何かを言おうとしたでしょう?
     声は出なかったけれど、私にはそう感じられた。
        ねぇ、何を言いたかったの? ずっと気になっていたのよ」
「あぁ、、、あの時ね」
  
  
ヒロはしゅうと私を交互に見ながら、小さな声で、、、でも笑顔を見せながら   
  
「責任取ります。 涼子ちゃんと結婚します。 そう言おうと思ったんですよ」
と言った。    
  
「・・・・・・・・・・・・・・」
私は吹き出しそうになってしまった。  
 
責任とります!結婚します! まるで妊娠しちゃった高校生カップルみたいね。
  
バカバカしい・・・
 
 
「ご存じとは思いますが、、、あの時点で旦那さんには 涼子ちゃんとの事はばれていたし、
      旦那さんの前で『結婚します』って宣言してたし、、、
           ランさんとしゅうさんは すべてを知っている訳だから
   相当、心配するだろうなぁ、、って思ったんですよ。だから、、、」   
   
ヒロらしいと言えばヒロらしい。
あの時はまだ生死を彷徨っていた訳で、そんな状況下で私達の事を気遣ってくれたのだ。  
   
「心配いりません!と伝えたかったんだけど、、、」   
  
ケロイドが残る自分の手のひらをさすりながら呟いた。   
   
「バカね」
「そう思います。 廻りからも言われますよ。懲りないな、、と
                    バカは死ななきゃ治らないなぁ、、、と。」   
   
微笑みを浮かべながら黙って彼の話しを聞いていたしゅうが口を開いた。  
    
「会社のほうはどうなんだい? ああ言う会社じゃ、今回のような事件は嫌うだろう?
      まぁ、言ってみればスキャンダルだからな」   
   
ヒロはしゅうの話しを頷きながら聞いている
     
  
「ですね。 本社からの突き上げは相当なモンらしいです。
     さすがに病室に来て『お前はクビだ!』とは言いませんがね。
        自分からは辞職を申し出たんですが、、、竹内さんに、少し待て!と言われています」   
   
真面目を絵に描いたような初老の男性を思い出した。
彼が、、、今、ここにいる3人の関係を知ったら卒倒してしまうだろう。
部下の元愛人、愛人と言っても相手の夫公認の愛人。そして公認している夫。
その3人が机を隔てて、まるで友人のように語っているのだ。
今回の火事の原因に直接は関係ないが、そうした繋がりを思うとやはり心が痛む。
「お前の恩人だな」 
しゅうが呟いた。   
 
「はい、、、足を向けて寝られません」  
  
この時ばかりは、笑顔を見せていたヒロも神妙な顔つきになった。   
  
「ま、、、クビになったら俺の店に来い。 皿洗いくらいさせてやるよ」
「そうさせてもらいますよ。 そうすれば、、、ランさんにもちょくちょく逢えるし」   
  
この男はどこまでも脳天気らしい。 
  
「何いってるのよ!」
私はヒロを叩こうと、手を上げたのだが、、、体の半分を火傷している人を叩くわけにもいかず、   
 
「バカは死ななきゃ治らない、、、は本当ね」
そう言ってヒロを睨んだ。  
   
  
「それと、、、さっきの話しの延長になっちゃうけど、もう一つ聞いていい?」
「なんですか?」
「涼子とは、本当に結婚するつもりなの?」
「・・・・・・・・・・・・・」   
    
談話室、と言ってもそこは病院の中の事だ。 廻りにいる人たちも小声で話しをしている。
私は周囲を見回した後で再度ヒロに質問をした。   
      
「野次馬根性で聞いている訳じゃないのよ。
     想像はつくと思うけれど、涼子の家は今大変な事になっているわ。
         双方の親族を巻き込んで『離婚調停』の真っ最中よ』
「・・・・・・・・」   
  
ヒロはうつむき気味で、テーブルに視線を落としていた。    
 
   
「怪我人を脅かすような事は言いたく無いけれど、原因を作ったのは他ならぬあなたよ。
     そのへんを曖昧にしておく訳にはいかないと、、、私は思うの」
「分かっています」
「あら?そうなの? 本当に分かっているのなら、さっきのような軽口は出てこないと思うけど」   
   
 
少し口調がきつくなったかもしれない。
でも、ランさんにもちょくちょく会えるから・・・』 冗談とは分かっているが、
あまり気分のいいジョークでは無かった。
私が少々、苛つきはじめたのを悟ったしゅうが 横から口をはさんだ。   
           
  
「退院すれば、お前もその離婚調停の中に入らざるを得ないんだ。 
    まさか、岐阜に逃げ帰る気じゃないだろ。
       お前が健一郎さんに言った『涼子さんと結婚するつもりです』という言葉に嘘がないのなら
   事の成り行きによっては、責任を取らなくてはいけないんだぞ。
         今までのように、人妻との火遊びとは訳が違うんだ。 彼女には子供もいるし、
       離婚へ至る原因を考えたら、、、慰謝料だって取れないだろうし、逆に請求される可能性だってある。」  
     
ゴクリ…
    
     
 
ヒロが固唾を呑むのが分かった。 おそらくは、過去の痛い思い出が蘇ったのだろう。   
  
「お前が楽観主義者って事はよく分かっているが、、、 間もなく退院するのだから、そのへんの事は
     ちゃんと向き合って、自分なりに結論を出しておいたほうがいいぞ。」
「はい、、、分かりました」   
   
   
ヒロの顔が苦痛に歪んだ。
見ると、、、二の腕を自分の手でガッチリと握っていた。
バジャマの袖口の布が微かに震えている。
私はその手を軽く握ると   
      
 
「止めなさいよ。 あなたが今やらなくちゃいけない事は、
     自分を責める事じゃなくて キチンとけじめをつけることだと思うよ」
「・・・・・・・・・・・」   
     
3人の間に沈黙の時間が流れた。    
  
 
 

 
 
 
 
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いよいよ「秋」ですね。


暑い夏が苦手な私ですが、ここ数日の気温の低さでようやく 動きだそうかなぁ、、、と思うようになりました。


とりあえず、、、ペースを落として 再開しようと思います。




まずは、、、 「危険な火遊び」の最終話をアップしないとね。 



ずっとブログを放置していた理由の一つに、


書きためていた「記事」がパソコンのトラブルで全部なくなっちゃったって事があります。


もちろん、「危険な火遊び」の記事も消滅 (・_・、)


基本的に、まとめて書くタイプなので、その他いくつか書きためていた「シリーズ」も全部 パ~~!



パソコンの勉強をして、これからは 外付けのHDにバックアップを取ることにしました。



以前のようなペースではアップできないけど、、、またよろしくお願いしますね。



皆さんのブログにも遊びに行くので、しばらくお待ちを~~~♪



この記事の前編はこちら♪    

 

 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 発見  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  「夫の意見」
  
 
 
 
しゅうは、交通量の増えた中央高速を都心に向けて走っていた。
元来、気が短くてスピードを出すほうだが、このときは左側車線を慎重に運転する。
原因はどうあれ、涼子さんは家事に巻き込まれたのは昨日の事で、
その夫である健一郎さんが助手席に座っている。
だいたい、悪いことは重なるもので、、、当事者の誰かの運気が落ちている事が多い。
このダンナのバイオリズムが悪いのかもしれないなぁ、、、だとしたら気をつけなくちゃな。
そんな事を考えながらハンドルを握っていた。
「嫉妬心が爆発ですか、、、」
しゅうは前の車のブレーキランプを注視しながら、独り言のように呟いた。
「そうです。 自分でも理解できない感情、、、
   胸が締め付けられるような、、、苦しいような、、、
     嫉妬というものがそう言うものであることは私だって分かっていましたよ。
  でも、今さら涼子に対してそんな感情が沸き上がってくるとは思いもよらなかった。
    むしろ、男がいることくらい想像が出来たし、、、いや居るモンだと思っていたんですから」
しゅうは助手席に座って、流れる景色を見ている健一郎さんにチラリと目をやった。 
 
  
優しそうな、、、温和しそうな、、、聡明そうな、、、
社会人として或いは夫として、申し分の無い男性に見える。
おそらくは、学生時代も真面目に、何事もそつなくこなしてきたに違いない。
バイトに明け暮れ、夜な夜な六本木界隈を闊歩し、、、
   
普通の人よりも2年も多く大学に通った自分とは大違いだ。 
   
しかし、そんな彼も、、、多くの男性がそうであるように、
心の奥底に人知れず、コンプレックスを抱えていたわけだ、、、
良く、、、女は単純だ!というけれど、それは違う。 男のほうが複雑なだけなのだ。
人間は元来、、、女性のように単純で明快な思考回路をもっていたはずで、むしろそっちのほうが正しい。
なのに、どこでどう配線が狂ったのか、近来、男性の思考が複雑化してしまった。
彼も、その複雑化した思考回路によって、
本当の自分を見失ってしまった犠牲者の一人だ。
「涼子さんに対する、見方が変わったでしょう?」
「え!?」
しゅうの突然の問いかけに、健一郎さんは驚いたような声を出した。
「そうなんです。その通りですよ。
 
     それまでは鬱陶しくも感じた彼女の存在がその日を境に一変したんです。
    不思議だった、、、 自分でも理解できない感情だった」
当時の気持ちを思い返すかのように、再び窓の外に視線を移した健一郎さんを見ながらしゅうは
とある確信のようなものを感じていた。
 
  
この男は、、、結局、今日、今この瞬間も、涼子さんの事を愛しているのだ。
彼の話を聞く限り、 
   
結婚~妊娠~流産~確執~妊娠~出産~不仲~不倫、、、  
  

2人の十数年の結婚生活の中で、少なくとも3回は離婚の危機があって、曰くその意思もあった。
しかし、結果として今なお婚姻状態は続いている。
子供のため、、と口では言っているがそれは詭弁だろう。
本当は別れたくないのだ。 
 
 
交際中、廻りの連中は2人の事を「美女と野獣」と揶揄していたらしい。
確かに、、、どこか野暮ったい健一郎さんと、顔立ちからして派手な涼子さんを称して
「お似合いのカップル」というのは、結婚式の仲人くらいなものだろう。
彼の一途な思いと、長年にわたるアプローチによって2人は結ばれたと聞いている。
つまり、彼の涼子さんに対する思いの深さは相当なものだったはずだ。
数多くいたであろうライバルを押し退けて、彼女を射止めた健一郎さん。
結婚式ではどんなにか幸せだったに違いない。 
 
 
しかし、その日を境に人知れず彼は自身のコンプレックスと戦う事になる。
厄介なのは、そのコンプレックス自体を本人が自覚していないケースが多々あるという事だ。
彼の場合も、涼子さんの口から「不倫」の事実を告げられてはじめて、、、
嫉妬心と共に自分のコンプレックスとご対面する事になったのだ。
だから、、、自分でも理解できない感情、、、、そう思えたのだ。
「僕は、、、彼女にとって本当に相応しい男なのだろうか?」 
   
男の多くが感じる不安。
健一郎さんも、そうした不安を心の奥では感じていたに違いない。
涼子さんのまわりに数多くいた男性達、、、或いは、彼女が過去に付き合ってきた男性達。 
    
   
そうした連中と比べて、精神的なものか、肉体的なものか、、、
    
何か自分に足りないものがあるのではないか? 
 
    
  
彼女の事を愛すれば愛するほど、その思いは強くなる。
  
不安はやがてコンプレックスとなり、、、弱点へと変わっていく。
男は自分の弱点を隠そうと、或いは補おうと、虚勢を張ることになり、妻に自分の力を誇示しようと
時に大声で威嚇し、時に腕力に訴えるようになるのだ。 
やがては、妻を愛している事さえもつまらない「男のプライド」によって覆い隠してしまう。
残るのは、妻への不満、、、夫への不信、、、 結婚生活の崩壊。
「夜中にふと目が覚めると、涼子の事が気になって仕方がない。
    もしかしたら、家を抜け出して男の所へ行っているのではないか?
       ゴソゴソと起き出して、彼女の部屋の様子を窺ったりしている。
   ドアの隙間から彼女の姿を見つけて安心して、布団に戻って寝ようとするが、、、
  頭の中には、彼女が私の知らない男とセックスをしている場面が、
まるでアダルトビデオのように浮かんできてしまう。 胸が締め付けられるような嫉妬心、不安感、、、
   想像の中の涼子は、喘ぎ声をあげ、、、貪るように男性の上で腰を振っている。
私には見せたこともない痴態に、さらに胸が痛む。
  なのに、、、なのにですよ! 僕のペニスは固く勃起しているんですよ! 
     そんなシーンを想像しながらも、欲情していて、、、あり得ないくらいに勃起しているんですよ。
   ハハハ、、、ヘンな話しでしょう? それまでは、セックスの途中で萎えてしまったりしていたのにね」 
    
  
最後は自嘲気味に笑いながら告白話しをする健一郎さん。   
   
「・・・・・・・・・・・・・・・」
しゅうは黙ったままハンドルを握り、、、前方の車を注視していた。 
   
  
ヘンな話しじゃありませんよ。 
    
しゅうはそう思っていた。 
   
勃起したペニスこそ、、、涼子さんを愛しているという証拠なんだ。
本当はまだ別れたくない。彼女への思いは昔のそれと変わっていないという証拠なんだ。
今まで、あなたが対立、反発していたのは、涼子さんではなく、
あなた自身が持っていた、コンプレックスと、歪んだプライドだった。
「愛人がいる、、、そう告白された後で、
     
    いたたまれなくなって、、、涼子のベッドに潜り込んだことさえあります。
        むずがる彼女を裸にすると、その肌の上を蠢いたであろう、男の手や
     涼子が愛おしげに口に含くみやがてはヴァギナに挿入された相手のペニスが脳裏に浮かんで、、、
  涼子が思わず『苦しい、、』と呻くくらいに強く抱きしめていた。
     私の興奮は極限に達していて挿入前にスキンを付けようとしたときに、、、射精してしまった。
   俺はおかしいんじゃないか?
     そう思いました。 離婚やむなしと思っていたのに、、、涼子が浮気をしている事が分かった途端に
      彼女を手放すのが嫌になった。 ふくれあがる嫉妬心は、彼女への思いの強さの裏返しなのか!?
   自分でも良くわからなかった。」 
   
普通の人が聞いたら、「なんとも間抜けな話しだ、、」そう思うに違いないだろうなぁ。
もっとも、俺だって、自分の女房を他の男に抱かせて喜んでいるんだから、健一郎さんよりも間抜けだな。
   
  
しゅうはそんな事を考えていた。
右手にビール工場が見えてきた。
ユーミンの歌、「中央フリーウェイ」とは反対のシチュエーションだ。
あの歌の恋人達は・・・ 
    
夕方に都心から郊外へ向けてドライブデートに向かっている事を左に見える競馬場が教えてくれる。
「その気持ちがあったから、今まで『離婚』することなく夫婦関係が続いていたんですか?」
「う~ん、、、そう言う事なんでしょうね。 でも、実態は仮面夫婦のようなものでした。
    会話も必要最低限しかしなくなっていたし、もちろん、、、セックスもここ数年はありません。
        涼子には新しいボーイフレンドが出来たし、少なくとも、僕の所に戻ってくる可能性は無い、、、
   そう実感していましたからね。 いずれ離婚する事になるだろう、とは思っていました。
     しかし、男っていざとなったら弱いモンですね。
       最近は、自分の老後の事を考えるようになって、、、涼子と完全に別れてしまって、、、
   自分一人になって、もし病気でもしたらどうなるんだろうか?って、、、
  
    いや、病気にならなくても、今一人になったら、飯の支度やら、洗濯やら、、、どうすればいいんだろう?
  再婚なんて出来るのかなぁ、、、そんな事を考えるようになりましたよ。」 
 
 

熟年離婚、、、女性よりも男性のほうにダメージが大きい事は火を見るよりも明らかだ。
男なんて所詮、、、弱い生き物なんだ。
これからの「雄」は一人で何でも出来るようにしておかくては駄目だ。
経済力だけでなく、生活力も身につけなくては、生き残れない。
それでも、女性より弱いことに変わりない。 
なぜなら女性の精神構造のほうが現代社会をサバイバルするのには適しているからだ。 
   
「しゅうさん、、、実は、僕、、、
     宇佐見さんの事、知っていたんですよ。」
「知っていた!?」
しゅうは進行方向に向けていた視線を健一郎さんに向けて、、、驚いたような声を出した。
「知っていました。 それどころか、、、彼と合って話しもしているんだ」
「話しをした!? それって、、、涼子さんの夫として会ったんですか?」
「もちろんそうです。
      もう半年くらい前ですが、、、彼のマンションを訪ねて、
               僕らが別れたら君は涼子と再婚する気はあるのか?
 
                                       そう聞いたんです。」
「本当ですか、、、、、」
う~ん、、、、 
   
しゅうは思ってもいない言葉を聞いたかのように、、、うなり声を上げて顔を曇らせた。
が、、、健一郎さんの告白した内容はしゅうが想定した内容だった。
だから、正確には驚いたふりをしていた事になる。
予想外の事と言えば、
涼子と再婚する気はあるのか?とヒロに問いつめたことだった。
彼がなんと答えたか、知りたいと思った。
既婚女性にしか反応しない、、、欲情しないヒロが、 
      
独身となった涼子さんに魅力を感じるものなのか、、、知りたかった。  
  
  
「宇佐見さんは比較的冷静でしたね。 
  
   慌てふためくどころか、、、むしろ私が来ることを予想していたかのようでした。
                      僕的には、あの冷静な対応が腹立たしかったですがね。」
「彼はなんて答えました?」
「涼子さんと別れるおつもりですか?と逆に質問されました。
    なんだか、『別れられないんだろ』そう見透かされているようでね。
  言葉に詰まってしまった。 でも、、、『君と涼子が本気なら、、、別れる』そう言いました。
                                             すると、、、、、、彼は、、、」
健一郎さんの言葉が止まった。
そろそろ、高速を降りなくてはならない。
病院まであと僅かだ。 
   
「すると、、、!?」
じれたしゅうが先を促した。  
    
「彼は、、、『涼子さんがOKしてくれるのなら、結婚します。』 そうはっきり言いました」
「!」 
   
この答えにしゅうは驚いた。
本心か!? 
 

「僕は、、、妻を寝取られたんだ。
   彼の言葉を聞いて、、、離婚しよう、、、そう思いました。
          結婚してから数年で離婚を考えた妻だったのに、、、
 修復不能になってはじめて彼女の存在の大きさに気がついた。
        僕のつまらないプライドが、彼女に対して素直になることを拒んでいたんだ。
                      バカですよ。そんな事にその時まで気づかなかったなんてね。」 
  

高速を降りると、道はいつものように混雑していた。
車の中にしばらく静寂の時が流れる。
やがて、病院が見えてきた。
しゅうは駐車場に車を入れながら、    
  
「涼子さんと離婚するつもりですか?」
そう聞いた。
「そうですね。涼子が退院して落ち着いたら、、、離婚についての話し合いをするつもりです」 
 

すべてを告白した彼の気持ちが変わることはないだろう。  
   
俺たちに出来ることは、、、無いな。
   
 
 
しゅうはそう思った。 
 
   
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