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「なあ、、、今日の予定はどうなってるんだ?」

大きめのマグカップに残ったコーヒーを飲み干しながらしゅうがそう聞いてきた。
手にはブリーフケースが持たれていて、指先には車のキーがぶら下がっている。
いつもの出社前の光景だった。

「今日? 友達と会う予定なんだけど、、、 前にも言ったよね?」
「あぁ、、そうか、今日だったっけ?」
「そうよ」

私はカレンダーに目をやって、日にちを確認した。
15日の水曜日。
間違いない、祥子と久しぶりに逢う約束をしたのは一ヶ月ほど前だったが、
私がこの日を指定したのだから、勘違いするはずもなかった。

「どうして?何かあるの?」
「いや、、、今日の昼頃にちょっと時間が取れそうだから、ランチでも一緒に、、、
                        そう思ったんだが、、、そうか、今日だったね」

しゅうもカレンダーを見ながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

「ごめんね」

しゅうが仕事の途中で私をランチに誘うことは良くあった。
新しいレストランやホテルがオープンすると、視察もかねて2人で出かける。

「いや、いいんだ。 また今度な。 で、、、今日はどこに行くんだ?」

そう言いながらしゅうは玄関へむかって歩き出した。
私はエプロン姿のまま後を追う。

「まだ決めてないけど、銀座に行こうと思ってるんだけど」
「そう・・・」
「お茶も買いに行きたいし、やっぱり銀座かな」

昨夜、夕食の後にお茶を入れようと茶筒をあけたら、予想外にお茶っぱが少なかった。
だから、今日は祥子とランチのついでに銀座にある「うおがし茶屋」で
美味しいお茶を買おうと思っていたのだ。

「帰りは?」
「レッスンが6時にあるから、5時には戻ってるわ」

身支度を整えたしゅうが玄関扉を開けながら
「そうか、、、じゃぁ、気をつけてな。」
と言った。

気をつけて!? 慣れた銀座にいくのに気をつけるも何もないでしょうに、、、?

しゅうの言葉に妙な違和感を感じながらも、
「ありがとう、、、あ、、いってらっしゃい」

しゅうの後を追って外へ出る。
三月の半ばだが、空気はまだ冷たく長袖のブラウス一枚の私は思わず身震いをした。
やがて、しゅうの車がガレージから出て、いつものように私の前を通り過ぎて、道を右折する。 
こちらを見るでもなく、軽く右手を上げて私に合図を送るしゅう。
毎朝繰り返される、朝の風景。
しゅうを見送った後、私はほうきとちりとりを手に玄関廻りを簡単に掃き掃除する。

気をつけてな。

しゅうの言葉が気になった。

なぜかしら? どうして気になるんだろう?

考えてみれば、「気をつけて」という言葉をしゅうは良く口にする。
夜、コンビニにちょっと買い物に行くときに
「ヘンなのが居るから気をつけろよ」と必ず言われる。
車で出かける時だけではなく、電車で出かける時も
「気をつけて」
子供じゃないんだから、、、電車くらい一人で大丈夫よ!
いつも心の中で苦笑いしながら、その言葉を聞いている。

それなのに、その日の朝の「気をつけて」というしゅうの言葉に私は不思議な違和感を覚えていた。

その違和感は、キッチンに戻って、朝食の後片付けしながらも続いている。
私はその朝のしゅうとの会話を思い出してみた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

朝食を食べ終わるまでは特に話はしていない。
私がテーブルの上を片づけはじめたとき
しゅうは新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
出かける予定があった私は、天気が気になったので

「ねぇ、、今日の天気予報どうなってる?」
としゅうに聞いた。

「ん、、、」
しゅうは新聞をくるりとひっくり返して、1ページ目の天気予報の欄を見て
「晴れ」
そう、言って 『お日様マーク』を指さした。


その後は、、、
もうしゅうが家を出る時まで話はしてないよね、、、

それなのに、なぜ「気をつけて」が気になったんだろうか?
その時、つけていたFMラジオの音楽が終わってDJが元気の良い声でしゃべり出した。

「と言うわけで、今週はスペシャルウイーク! 
  プレゼントも目白押しだから、これから言うキーワードを聞き逃さないでね。」

最近はテレビをつけずにラジオをつけることにしている。
民放テレビ局の番組はどこも朝から騒がしいだけで神経を逆撫でされるようだし、
比較的静かなNHKも、流れるのは暗いニュースばかりで朝からテンションが下がってしまう。
FMラジオなら、、、とは言え、朝からロックを聞かされるのもちょっと疲れてしまうが、、、

「もう一度言いますよ。 今週はスペシャルウイーク!
  え!? しつこい? 何度も言うな!? すみませんね、、、スペシャルウイークなモノで」

DJのやや大きめな声は嫌でも私の耳に入った。
その時だった。 私は違和感の原因を見つけたのだ。

「あ!!」

洗い物をしていた私の手がピタッと止まった。

『しつこい? 何度も言うな、、、!』
そうか! 引っかかっていたのは、「気をつけて」じゃなかったんだ。

「今日はどこへ行くんだ?」
あの言葉だったんだ!

確か、、、何日か前にも同じ事を聞かれた。

「友達と会うとか言ってたよな?いつだっけ? で、、、どこへ行くんだ?」
夕食時だったような気がする。
「まだ決めてないけど、銀座か恵比寿かなぁ」
そう答えた記憶がある。

それに、、、その前も。いつだったかは忘れたが
「今度、祥子と逢うのよ。 一緒にランチでもしようかと思って」
「へ~~、、いつ? どこで逢うんだ?」

違和感の原因はここだった。

「いつ?どこで?」
日頃、私のプライベートな部分に干渉しないしゅうにしては珍しく何度もこの言葉を使った。


喉の奥に刺さっていた小骨がぽろりと取れたように違和感は無くなった。
でも、その変わりに、
頭の奥で微かに「偏頭痛」を感じるような、違和感ならぬ「不快感」が私を襲った。

「いつ?どこで?」

なぜしゅうはしつこく聞いてきたのだろうか?

原因が判らない痛みはやがて「不安感」へと変わった。 
 
 
 
 
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