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私達に出来ることは無い。
健一郎さんと涼子の事に限らず、夫婦間の事は他人がどうこう言ったところで
最終的に決断をするのは夫婦。
それぞれに持っている価値観や、人生観でその結論は変わってくる。
しゅうが感じたのは、彼等夫婦が、、、例えば私達にアドバイスを求めている訳ではなく、、
それぞれが結論を心の中に持っているという事だった。
であれば、  
   
「俺たちには何も出来ないよ。 見守るしかない」
 
 
という彼の言葉は正しい。
私達は 健一郎さんと涼子を病室に残し、病院を後にした。
後ろ髪を引かれる思いではあったが、
第三者がいたのでは言いたいことも言えないだろうという判断だった。
ヒロは相変わらず面会謝絶だったが、看護婦の話では
数日中には会話も出来るようになるだろうとの事だった。  
  
 
 
車の中で、しゅうは終始無言だった。
普段ならば、冷静に状況を分析し、私を納得させるに充分の理屈を言ってくるはずなのに、
その表情に、生気は感じられなかった。 
疲れもあったのだろうが、おそらく、頭の中も空っぽだったに違いない。
それは私も同じだった。
あまりにたくさんの事が一度に頭の中に入ってきて どれから整理したら良いものか、、、
見当もつかないわよ!
「それにしても、、、」
ようやくしゅうが口を開いたのは、静かな夕食が終わって、、、
久しぶりに美味しいお茶を入れて リビングのソファーに座ったときだった。
私は、香り高い緑茶をすすりながら、しゅうの方を見た。
「健一郎さんの話しはおおかた予想の範囲内だったが、、、
           まさか、、、ヒロが結婚するつもりだったとはなぁ、、、、」
私を驚かすつもりはなかったのだろうが、その言葉の意味を理解したとき
この2日間で大抵の事には驚かなくなっていた私も やはり自分の耳を疑った。  
      
「え!? 結婚するつもりだった、、、って、、、ヒロ君が、、、涼子と!?」
「そうだ。健一郎さんの問いにはっきりとそう答えたそうだよ」
「と言うことは、、、2人は直接会っているのね?」
「うん、半年くらい前に健一郎さんがヒロのマンションを訪ねたらしい。」   
    
しゅうはかいつまんで、2人のやり取りを話してくれた。
分からない、、、 
涼子の行動も理解できなかったが、、、
彼女の夫である健一郎さんの事も、、、結婚すると言い放ったヒロの事も、、、
今回の事に関わった3人の行動パターンはすでに私の理解を超えていた。
しばらくしゅうの言葉を反芻していた私だったが、 
      
「ねぇ、夫婦ってなんなの?」  
  
ばからしくもストレートな疑問が口をついた。  
  
「さあなぁ、、、なんなのだろうなぁ、、、 俺にもよく分からん」  
  
しゅうにしては珍しく投げやりな口調で、その目はどこか遠くを見ているようで、、、
少し寂しげだった。
ヒロは、、、  
  
結局、3週間ほど入院生活を送り、顔のケロイドも痛々しいまま退院した。
退院する数日前にしゅうと2人で病室を訪ねた。
両手と顔の火傷は想像以上にひどく、顔の一部はそのうち移植手術をするような事を言っていた。
一通り体の様子を聞いた後、、、
私はどうしてもヒロに聞きたい事があったので、隣のベッドが気になる病室から 談話室にヒロを誘い出した。  
     
「ねぇ、、、 私が病院に駆けつけて、集中治療室に行ったでしょ。
     まるでミイラのようなあなたに会って、かける言葉も無かったわ。」
「そうでしたね、、、」
「あの時、私が病室を出ようとしたとき、あなたは何かを言おうとしたでしょう?
     声は出なかったけれど、私にはそう感じられた。
        ねぇ、何を言いたかったの? ずっと気になっていたのよ」
「あぁ、、、あの時ね」
  
  
ヒロはしゅうと私を交互に見ながら、小さな声で、、、でも笑顔を見せながら   
  
「責任取ります。 涼子ちゃんと結婚します。 そう言おうと思ったんですよ」
と言った。    
  
「・・・・・・・・・・・・・・」
私は吹き出しそうになってしまった。  
 
責任とります!結婚します! まるで妊娠しちゃった高校生カップルみたいね。
  
バカバカしい・・・
 
 
「ご存じとは思いますが、、、あの時点で旦那さんには 涼子ちゃんとの事はばれていたし、
      旦那さんの前で『結婚します』って宣言してたし、、、
           ランさんとしゅうさんは すべてを知っている訳だから
   相当、心配するだろうなぁ、、って思ったんですよ。だから、、、」   
   
ヒロらしいと言えばヒロらしい。
あの時はまだ生死を彷徨っていた訳で、そんな状況下で私達の事を気遣ってくれたのだ。  
   
「心配いりません!と伝えたかったんだけど、、、」   
  
ケロイドが残る自分の手のひらをさすりながら呟いた。   
   
「バカね」
「そう思います。 廻りからも言われますよ。懲りないな、、と
                    バカは死ななきゃ治らないなぁ、、、と。」   
   
微笑みを浮かべながら黙って彼の話しを聞いていたしゅうが口を開いた。  
    
「会社のほうはどうなんだい? ああ言う会社じゃ、今回のような事件は嫌うだろう?
      まぁ、言ってみればスキャンダルだからな」   
   
ヒロはしゅうの話しを頷きながら聞いている
     
  
「ですね。 本社からの突き上げは相当なモンらしいです。
     さすがに病室に来て『お前はクビだ!』とは言いませんがね。
        自分からは辞職を申し出たんですが、、、竹内さんに、少し待て!と言われています」   
   
真面目を絵に描いたような初老の男性を思い出した。
彼が、、、今、ここにいる3人の関係を知ったら卒倒してしまうだろう。
部下の元愛人、愛人と言っても相手の夫公認の愛人。そして公認している夫。
その3人が机を隔てて、まるで友人のように語っているのだ。
今回の火事の原因に直接は関係ないが、そうした繋がりを思うとやはり心が痛む。
「お前の恩人だな」 
しゅうが呟いた。   
 
「はい、、、足を向けて寝られません」  
  
この時ばかりは、笑顔を見せていたヒロも神妙な顔つきになった。   
  
「ま、、、クビになったら俺の店に来い。 皿洗いくらいさせてやるよ」
「そうさせてもらいますよ。 そうすれば、、、ランさんにもちょくちょく逢えるし」   
  
この男はどこまでも脳天気らしい。 
  
「何いってるのよ!」
私はヒロを叩こうと、手を上げたのだが、、、体の半分を火傷している人を叩くわけにもいかず、   
 
「バカは死ななきゃ治らない、、、は本当ね」
そう言ってヒロを睨んだ。  
   
  
「それと、、、さっきの話しの延長になっちゃうけど、もう一つ聞いていい?」
「なんですか?」
「涼子とは、本当に結婚するつもりなの?」
「・・・・・・・・・・・・・」   
    
談話室、と言ってもそこは病院の中の事だ。 廻りにいる人たちも小声で話しをしている。
私は周囲を見回した後で再度ヒロに質問をした。   
      
「野次馬根性で聞いている訳じゃないのよ。
     想像はつくと思うけれど、涼子の家は今大変な事になっているわ。
         双方の親族を巻き込んで『離婚調停』の真っ最中よ』
「・・・・・・・・」   
  
ヒロはうつむき気味で、テーブルに視線を落としていた。    
 
   
「怪我人を脅かすような事は言いたく無いけれど、原因を作ったのは他ならぬあなたよ。
     そのへんを曖昧にしておく訳にはいかないと、、、私は思うの」
「分かっています」
「あら?そうなの? 本当に分かっているのなら、さっきのような軽口は出てこないと思うけど」   
   
 
少し口調がきつくなったかもしれない。
でも、ランさんにもちょくちょく会えるから・・・』 冗談とは分かっているが、
あまり気分のいいジョークでは無かった。
私が少々、苛つきはじめたのを悟ったしゅうが 横から口をはさんだ。   
           
  
「退院すれば、お前もその離婚調停の中に入らざるを得ないんだ。 
    まさか、岐阜に逃げ帰る気じゃないだろ。
       お前が健一郎さんに言った『涼子さんと結婚するつもりです』という言葉に嘘がないのなら
   事の成り行きによっては、責任を取らなくてはいけないんだぞ。
         今までのように、人妻との火遊びとは訳が違うんだ。 彼女には子供もいるし、
       離婚へ至る原因を考えたら、、、慰謝料だって取れないだろうし、逆に請求される可能性だってある。」  
     
ゴクリ…
    
     
 
ヒロが固唾を呑むのが分かった。 おそらくは、過去の痛い思い出が蘇ったのだろう。   
  
「お前が楽観主義者って事はよく分かっているが、、、 間もなく退院するのだから、そのへんの事は
     ちゃんと向き合って、自分なりに結論を出しておいたほうがいいぞ。」
「はい、、、分かりました」   
   
   
ヒロの顔が苦痛に歪んだ。
見ると、、、二の腕を自分の手でガッチリと握っていた。
バジャマの袖口の布が微かに震えている。
私はその手を軽く握ると   
      
 
「止めなさいよ。 あなたが今やらなくちゃいけない事は、
     自分を責める事じゃなくて キチンとけじめをつけることだと思うよ」
「・・・・・・・・・・・」   
     
3人の間に沈黙の時間が流れた。    
  
 
 

 
 
 
 
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