このシリーズ「なぎさ」の前話はこちからどうぞ♪


 

 

最後になぎさと逢ったのは、、、
まだ春には遠い、3月のはじめだった。

その時だって、半年ぶりの逢瀬。

彼からの連絡も途絶え、、、と言ってももともと自分から積極的にアプローチをしてくるタイプではない。
私も、彼の日常生活の変化に気づいていたので、あえて連絡するような事は避けていた。
その変化は、おそらく 彼の婚姻生活についてで、しかも離婚という最悪の結末に向かっている
と思えるような事だった。

「調停」そう書かれた彼の手帳。
それまで見せたことのないような、自信を失ったかのような態度。
そのどれもが、離婚へ向けての階段を登っているが為に心身共疲れている証拠のような気がしていた。

それが、、、ある日の夜、携帯に彼からメールが入った。

「久しぶり?どう、、、食事でもしない?」

携帯の画面に光る、懐かしい名前 「なぎさ」
最後のデートの時、駅まで送っていった私に背を向け、力なく歩いて言った姿が思い出された。

あなたらしくなかったわよ・・・

彼の魅力は、驚くくらいの自信と、ともすれば我が儘・身勝手とさえ感じる彼のセックスだ。
疲れ果て、踵を引きづりながら歩く様は見たくない。

あまりに短いメッセージで、なぎさがどう変化したのかは読み取れなかった。
それでも、、、私はすぐに

「元気だった? ちっとも連絡くれなかったから、心配していたのよ。
        食事?もちろんOKよ。 貴男のスケジュールに合わせるから」

そうメールを打った。



待ち合わせは新宿のホテルだった。 午後7時。
毎度の事だが、私が約束の時間にコーヒーラウンジに着いたとき、なぎさは来ていなかった。
私には珍しく、コーヒーをオーダーすると、バックから単行本を取り出してページを開いた。
ラウンジの照明はすでに暗くなっていて、本を読むには照度不足。
特に、、、老眼が進み始めた私にとっては、読みにくいことこの上ない。
仕方なく、バックから老眼鏡を取り出してかける。 

鼻に跡が残るから嫌なんだけどな、、、

コーヒーが運ばれてきた。
最近は、コーヒーをよく飲むようになった。 以前は、紅茶一辺倒。
どこへ言っても、頑なに「紅茶」をオーダーしていた。 
コーヒーのあの苦みが苦手でついつい砂糖を多くしてしまう。
すると、飲み終わった後に、砂糖の糖分が喉に絡みつくような気がして好きになれなかった。
それが、半年ほど前にとあるお店で入れてくれた「モカコーヒー」がとても美味しかった。
コーヒーなんて苦みだけ、、と思っていた私には、モカコーヒーの独特の酸味は新鮮だった。
苦みの後で広がる酸味、一口で2つの風味が楽しめるようで、私にとっては新しい出会い。
それ以来、メニューに「モカ」の文字を見つけると、少々迷いつつも頼んでしまう。
もっとも、なかなか酸味のきいたモカコーヒーには出会えない。

今日のコーヒーは、、、

香りはなかなか良かったが、やはりあの酸味を味わうことは出来きずに苦みが口の中に広がる。
私はシュガーポットの小さな砂糖の塊をつまみ上げると、カップの中に落とした。

3ページほど読み進んだところで、フト視線を上げると、ラウンジの入り口に背の高い男性が見えた。
老眼鏡のフレームの上に視線を移して注視するが、ぼんやりと霞んではっきりとは見えない。
でも、あの手足の長さは間違いなくなぎさだ。
私が老眼鏡をはづして、バックに仕舞うと、もう一度通路に目をやった。
黒のスーツに身を包んで、見覚えのあるブリーフケースをぶら下げ、私に向かって笑顔を見せているなぎさ。

「ごめん、、、待った?」 

「5分まったかな」 

「ごめん、ごめん」

少し太ったかも知れない。 前に逢ったときは、仕事の関係で肌が焼けていたからより細く見えたのかしら?
それにしても、全体にふっくらした印象がある。 顔色は日焼けも褪せたのか、以前より白くなったが、
血色が良く暗い印象はなかった。

どうやら、ゴタゴタから解放されたようね。

「元気そうね?」

「え? 俺? そうでもないよ」

「そうかな。 前逢ったとき、、、えっと、半年も前の話しけど、あの時よりも元気よ」

「いつだっけ? 去年の秋? いや、、、もっと前か」

「マクドナルドで待ち合わせた時よ」

私は、テーブルに肘を突いて顔をなぎさに近づけた。

「ん?」

私の目をのぞき込むなぎさに向かって

「あなたが調停をしている時だったかな」

小声で呟いた。

なぎさの口元がピクリと動いた。
顔を私から離すと、

「どうして知ってるの?」

怪訝そうに聞いてきた。

「どうしてかしら、、、忘れちゃったけど、あなたが言ったんじゃなかったっけ?」

「そんな訳ないだろう」

注文を取りに来たウエイトレスに

「あ、、俺もコーヒー」

そう言うと、ソファーの背もたれに体を埋めて一つため息をついた。

「ランにはかなわないな、、、」

「・・・・・・・・・・・・」

私は微笑みを浮かべながら、なぎさを見ている。

「まぁ、そう言うことだよ。 俺、、、離婚したんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

微笑みは絶やすことなく、かるく頷く。
離婚したんだ、、、その言葉に一喜一憂するべきではない。
慰めの言葉だって、彼にとっては鬱陶しく感じられるに違いない。

「ここでようやく片が付いた。 それで、、まぁ、ランに連絡をしてみたわけです」

なぎさの口調はどこか投げやりだったが、彼の顔にも笑みが浮かんでいた。

「大変だってでしょ? 
    結婚するときよりも離婚するときのほうがエネルギーを消費するって聞くわ」

「その通りだね。 夫婦間で離婚の話しが出たのが1年くらい前。
   それから、家庭内は針のむしろだよ。 で、女房が出て行ったのが、去年の夏過ぎ?
       そのうち弁護士から電話がかかってくる、、、むこうの親との話し合い、、、
                                   さすがの俺も胃がおかしくなった」

「それが、、、ちょうど前回のデートの時くらいでしょ?
        日焼けのせいもあったけど、顔色悪かったわよ」

なぎさは当時を思い出そうと、眉間にシワを寄せて天井に視線を向けた。

「あぁ、、、そうだね。 
   丁度あのころが一番酷かったかもしれないな。」

あのころの貴男は、自分自身を、、、そしてなにより自信を失っていたわよ。
と言う変わりに、

「大変だったわね。」

ありきたりの言葉を口にした。

「と言うわけで、俺の履歴書には バツイチが付いたわけ」

「その原因に、、、、、私も関わっているのかな?」

運ばれてきたコーヒーにミルクを注いでいるなぎさに聞いた。

「え?ランが関わっているかって? そりゃぁ、、関係ないよ。
                    全然、関係ないから、気にしなくて良い」

「そう」

「俺の浮気とか女性関係とかそんなモンじゃないんだ。
     まったく関係ないとは言わないけれど、原因は違うところにあったんだよ。
              う~ん、、、簡単に言えば、結婚に対する価値観の違いかな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ま、、、良くある離婚理由の一つだよ。 性格の不一致とも言うし、、、
       もともと、俺たちの結婚は間違っていた、、、って事じゃないの」

「そう」

「そう、だから、ランが気にすることも気に病むこともない」

「分かった」

「それより、、、今夜の予定は?」

「食事でしょ? どこに連れて行ってくれるの?」

「そうだなぁ、、何が食べたい?」

2人の間で交わされる何気ない会話。
でも、そこでは小さな小競り合いが続いている。

『だからさ、、、メシの話しじゃないよ。 その後、、、セックスするのかしないのか』
『あら、、、セックスをしたいの? それならそう言えば?』
『久しぶりに連絡して、いきなりセックスしませんか、、、なんて言いづらいだろうが』
『女の口から、セックスして、、、っていうほうがよっぽど難しいわよ』
『なんだよ、、、勿体つけて、ランだってしたいんだろ?だから、出てきたんだろ?』
『それはお互い様じゃない?』

イタリアンが良いだの、中華にしようかだの、、、

どうでも良いことを熱心に語りながら、お互いに腹の内を探っている。

探っている、、、と言ったって、行き着く場所は決まっているのだ。

二人が裸で抱き合えるところ。



なぎさが離婚したことろで私達の関係に変化はない。


私にとって、彼は年下の愛人、、、都合の良い、セックスフレンドなのだ。






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